せきは、突然、肺から空気が強制的に排出されることです。せきは、医療機関を受診する理由として最も多いものの1つです。せきには、気道から異物を取り除く働きがあり、人はせきをすることで、吸い込んだ粒子から肺を守っています。人は意図的(自発的)にせきをすることもあれば、せきが自然(非自発的)に出ることもあります。(小児のせきも参照のこと。)
せきには様々な種類があります。せきは単独で出ることもあれば(乾性)、血やたんを伴うこともあり(湿性)、たんを伴うことを特に粘液分泌過多と呼ぶこともあります。たんは、粘液、壊死組織片、細胞などの混合物が肺によって吐き出されたものです。透明なこともあれば、黄色や緑色のこともあり、血がすじ状に混ざっていることもあります。
非常に激しいせきをすると、肋骨の筋肉や軟骨を痛めて、胸部に痛みが生じることがあり、この場合特に息を吸い込んだり、動いたり、再びせきをしたときに強く痛みます。せきは非常につらく、眠りの妨げとなることもあります。しかし、喫煙者にみられるように、数十年にもわたってせきの回数がゆっくりと増えている場合は、それにほとんど気がつかないこともあります。
せきの原因
気道が刺激されると、せきが出ます。せきの原因として可能性が高いものは、せきの持続が4週間未満(急性)か4週間以上(慢性)かによって異なります。
一般的な原因
あまり一般的でない原因
急性のせきで、あまり一般的でない原因としては、以下のものがあります。
ただし、誤って何かを吸い込んでしまった人は通常、なぜ自分がせきをしているのか分かっており、認知症、脳卒中などのほか、記憶や認知、コミュニケーションが困難になる病気がある場合を除いて、せきの理由を主治医に伝えることができます。
慢性のせきで、あまり一般的でない原因としては、以下のものがあります。
認知症や脳卒中のある人では、ものを飲み込むことがしばしば困難になります。その結果、少量の食べものや飲みもの、唾液、胃内容物を気管に誤って吸い込んでしまうことがあります。こうした人々は、介護する人が気づかないうちに、少量の異物を繰り返し吸い込み、慢性的なせきをきたすことがあります。
喘息もせきの原因となります。まれに、喘息の主症状が喘鳴ではなくせきである場合もあります。このタイプの喘息をせき喘息と呼びます。
せきの評価
すべてのせきが、医師による即座の診察を必要とするわけではありません。以下では、どのようなときに医師の診察を受ける必要があるかと、診察を受けた場合に何が行われるかについて説明しています。
警戒すべき徴候
せきがみられる場合は、特定の症状や特徴に注意が必要です。具体的には以下のものがあります。
息切れ
喀血
体重減少
およそ1週間以上続く発熱
結核の危険因子(例えば、結核への曝露、ヒト免疫不全ウイルス[HIV]に感染している、またはコルチコステロイドなどの免疫系を抑制する薬を服用しているなど)
HIV感染症の危険因子(例えば、リスクの高い性行為または違法薬物の注射など)
受診のタイミング
警戒すべき徴候がみられる人は、直ちに医師の診察を受ける必要がありますが、警戒すべき徴候が体重減少だけの場合は例外です。その場合、1週間程度の遅れは問題になりません。何かを吸い込んだ可能性がある場合も、直ちに病院を受診する必要があります。
急性のせきがある人で警戒すべき徴候がない場合は、数日間様子を見てもよく、特に鼻づまりやのどの痛みがある場合は、原因として上気道感染症が疑われるため、せきが止まるか軽快するのを待ってもよいでしょう。
慢性のせきがある人で警戒すべき徴候がない場合は、頃合いを見て病院を受診する必要がありますが、1週間程度の遅れが問題になる可能性は低いです。
医師が行うこと
医師はまず、症状と病歴について質問します。次に身体診察を行います。病歴聴取と身体診察で得られた情報から、多くの場合、せきの原因と必要になる検査を推測することができます(表「せきの主な原因と特徴」を参照)。
明らかな所見の中には、せきの原因となる複数の病気でみられることがあるため、あまり診断に役立たないものもあります。例えば、たんの色が黄色か緑か、または粘り気があるかないかは、細菌感染症とその他の原因との区別には役立ちません。喘鳴は気管支炎、喘息、またはその他の病気でもみられることがあります。血を伴うせきは、気管支炎、結核、または肺がんのいずれでもみられる可能性があります。
検査
検査が必要かどうかは、病歴聴取と身体診察の結果によって決まりますが、警戒すべき徴候の有無が特に重要になります。
警戒すべき徴候が1つでもあれば、通常以下のような検査を行います。
パルスオキシメーター(指に取り付けるセンサー)を用いた血液中の酸素レベル測定
胸部X線検査
体重減少または結核もしくはHIV感染の危険因子がある場合は、ツベルクリン検査、胸部X線、ときに胸部CT検査、たんの観察と培養(結核に対して)、血液検査(HIV感染に対して)を行うこともあります。
警戒すべき徴候がない場合、医師は検査を行わず、病歴と身体診察の結果に基づいて診断を下し、治療を開始することがよくあります。しかし、身体診察の結果から何らかの病気が疑われる場合でも、その診断を確定するために検査を行うことがあります(表「せきの主な原因と特徴」を参照)。
身体診察の結果からせきの原因が分からず、警戒すべき徴候もない場合、多くの医師はせきの一般的な3つの原因のうちのいずれかに対する治療薬を処方します。
抗ヒスタミン薬/鼻閉改善薬の合剤、またはコルチコステロイドあるいはムスカリン拮抗薬の鼻腔スプレー(後鼻漏に対して)
プロトンポンプ阻害薬またはH2受容体拮抗薬(胃食道逆流症に対して)
コルチコステロイドまたは気管支拡張薬の短時間作用型ベータ2作動薬の吸入薬(喘息に対して)
これらの薬剤でせきが軽快すれば、さらなる検査は通常不要です。せきが軽快しない場合、検査結果から診断が示唆されるまで、医師は通常以下の順番で検査を行います。
慢性のせきがある人に対し、医師は通常、胸部X線検査を行います。せきに血を伴う場合、医師は一般にたんのサンプルを検査室に送ります。検査室では、技師がサンプルから細菌を増殖させ(喀たん培養)、顕微鏡を用いてがん細胞がないか確認します(細胞診)。医師が肺がんを疑う場合(例えば、長期喫煙歴のある中年または高齢男性に、体重減少またはその他の全身症状がみられるとき)、しばしば胸部CT検査が行われ、ときに気管支鏡検査も行われます。
せきの治療
せきに対しては、原因になっている基礎疾患を治療するのが最善の方法です。例えば、肺炎には抗菌薬が、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息には気道を拡張する薬(気管支拡張薬)またはコルチコステロイドが用いられます。一般に、せきにはたんを吐き出し、気道をきれいにする重要な役割があるため、せきを抑えるべきではありません。しかし、せきがひどい場合、睡眠が妨げられる場合、特定の原因がある場合には、様々な治療が試みられます。
せきをしている人に対する治療には、基本的に次の2つのアプローチがあります。
せき止め薬(鎮咳薬)で、せきが出そうになる衝動を抑える
去たん薬で、肺へと続く気道をふさぐ粘液を薄め、粘液をせきで吐き出しやすくする(しかしこれが有効であるという科学的根拠は少ない)
せき止め薬
せき止め薬には以下のものがあります。
オピオイド
デキストロメトルファン
ベンゾナテート(benzonatate)
オピオイド系の薬剤は、脳のせき中枢の反応を減弱させることにより、せきを抑制します。コデインが、せきに最もよく使用されるオピオイドです。コデインや他のオピオイド系のせき止め薬は、吐き気、嘔吐、便秘を催すことがあり、依存を引き起こすこともあります。また、眠気を催すこともあり、特にアルコールを飲んだり、鎮静薬、睡眠補助薬、抗うつ薬、または特定の抗ヒスタミン薬など、集中力を低下させる他の薬剤を服用している人では注意が必要です。このように、オピオイド系の薬剤はいつも安全とは限らないため、これらの薬剤が使用されるのは、他の治療を行ってもせきが持続したり、睡眠が妨げられるといった、特殊な状況にかぎられます。
デキストロメトルファンは、コデインとよく似ていますが、厳密にはオピオイドではありません。この薬剤も、脳のせき中枢を抑制します。デキストロメトルファンは、せきに効く多くの市販薬や処方薬に含まれている有効成分です。依存性はなく、正しく使用すれば眠気を催すことはほとんどありません。しかしながら、高用量で使用すると多幸感をもたらすことから、特に若い人の間で頻繁に乱用されます。過剰摂取すると幻覚、興奮のほか、ときに昏睡を起こすことがあります。セロトニン再取り込み阻害薬と呼ばれる、うつ病に対する薬を服用している人では、デキストロメトルファンの過剰摂取は特に危険です。
ベンゾナテート(benzonatate)は、内服する局所麻酔薬です。この薬剤は、伸展刺激に反応する肺の受容体を麻痺させることで、せきを誘発する刺激への感受性を弱めます。
ただし一部の人、特にせきとともに大量のたんが出るような人では、こうしたせきを抑える薬の使用を制限する必要があります。
去たん薬
医師によっては去たん薬(粘液溶解薬とも呼ばれます)を勧めることがありますが、これは気管支の分泌物を薄めて軟らかくし、せきで吐き出しやすくする薬です。去たん薬はせきを抑えることはなく、こうした薬剤の有効性を示す科学的根拠はほとんどありません。最もよく使用される去たん薬は、グアイフェネシンという成分を含む市販薬です。
嚢胞性線維症の人には、慢性呼吸器感染症によって生じる膿を多く含む粘液の粘り気を弱めるために、ドルナーゼ アルファ(組換えヒトデオキシリボヌクレアーゼIの吸入薬)を使用することができます。この薬剤は、慢性気管支炎の患者には効果がないと考えられています。
同様に、食塩水の吸入またはアセチルシステインの吸入(長くて数日)も、異常に粘り気が強く厄介な粘液を薄めるのに役立ちます。
その他の薬剤
抗ヒスタミン薬は、気道の乾燥を招くため、鼻、のど、気管のアレルギーによるせきを除いて、せきを治療する効果はほとんどありません。気管支炎などの他の原因で生じるせきに抗ヒスタミン薬を使用すると、分泌物の粘り気が強くなり、吐き出しにくくなるため、有害なことがあります。
鼻づまりを楽にするフェニレフリンなどの鼻閉改善薬は、後鼻漏が原因のせきの緩和にのみ有用です。
その他の治療
気化器などを用いた蒸気の吸入は、一般にせきを緩和すると考えられています。ほかにもせき止めドロップなどの、局所的な治療がよく使用されますが、こうした治療が有効であることを示す確かな科学的根拠はありません。
要点
ほとんどのせきは、軽い呼吸器感染症または後鼻漏によるものです。
せきのある人で警戒すべき徴候には、息切れ、喀血、体重減少、およそ1週間以上続く発熱、HIV感染症または結核の危険因子などがあります。
診断は通常、病歴や身体診察の結果に基づいて下されます。
せき止め薬や去たん薬などの薬は、適切な場合にのみ使用します。例えば、せき止め薬は、せきがひどいときや、医師が勧めるときのみ使用します。