肺高血圧症

執筆者:Mark T. Gladwin, MD, University of Maryland School of Medicine;
Andrea R. Levine, MD, University of Maryland School of Medicine
レビュー/改訂 2022年 7月
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やさしくわかる病気事典

肺高血圧症とは、心臓から肺につながる動脈(肺動脈)の血圧が異常に高くなる病気です。

  • 多くの病気が肺高血圧症を引き起こす可能性があります。

  • 通常は、体力低下のほか軽い運動であっても息切れが現れ、場合によっては軽い運動でもふらつきや疲労感がみられることもあります。

  • 胸部X線検査、心電図検査、心エコー検査により、診断の手がかりが得られるものの、診断を確定するには右心室と肺動脈の血圧測定が必要です。

  • 原因の治療とともに、肺への血液の流れを改善する薬を投与することが有効です。

血液は心臓の右側部分から肺動脈を通って肺内の細い血管へと流れ、そこで二酸化炭素が血液から取り除かれて、酸素が付加されます。正常な状態では、肺動脈の血圧が低いため、心臓の筋肉は左側に比べて右側がうすくなっています。心臓の右側部分から肺動脈を介して肺へ血液を送り出すには、それほど筋力を必要としないためです。それに対して、心臓の左側部分は、はるかに高い血圧に逆らって血液を全身に送り出さなければならないため、筋肉が厚くなっています。

肺動脈の血圧が異常に高い値まで上昇した状態を、肺高血圧症と呼びます。肺高血圧症では、肺動脈を通じて血液を送り出すために、心臓の右側部分に大きな負担がかかります。その状態が長く続くと、右心室が肥厚したり拡大したりして、肺性心という状態になり、結果として、右心不全に陥ります。

肺高血圧症の原因

肺高血圧症は、その原因に基づいて現在次の5つのグループに分類されています。

  • 肺動脈性肺高血圧症

  • 左心疾患(心不全と心臓弁膜症)

  • 肺疾患または血液中の酸素レベル低下

  • 血栓の原因となる慢性疾患

  • その他のメカニズム

肺動脈性肺高血圧症は多数の異なる疾患によって引き起こされる可能性があります。ときに明確な原因なく起こることもあります(特発性)。特発性肺高血圧症の患者は、男性より女性に2倍多く、診断時の平均年齢は約35歳です。この疾患がみられる複数の家族で、いくつかの遺伝子変異が確認されています(遺伝性)。これらの遺伝子変異によって肺高血圧症が起こる実際の仕組みはまだ分かっていません。肺動脈性肺高血圧症の危険因子として、いくつかの薬や毒素が特定されています(例えばフェンフルラミンや他のダイエット補助薬、アンフェタミン類、プロテインキナーゼ阻害薬(ダサチニブなど)、コカイン、選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI]など)。妊婦が妊娠20週以降にSSRIを服用した場合、新生児の肺高血圧症が発生するリスクは通常よりも高くなります。肺動脈性肺高血圧症はまた、門脈圧亢進症HIV感染症先天性心疾患住血吸虫症全身性強皮症(強皮症)など、特定の疾患を有する場合にも発生することがあります。

左心疾患は、肺高血圧症の最も一般的な原因の1つです。左心疾患は、長引く高血圧または冠動脈疾患のある患者に起こることがあります。心臓の左側部分から全身に血液を正常に送り出せないと、血液が肺に停滞して、肺血管の圧が上昇します。心臓が適切に拡張できない場合にも、血液が肺に停滞して、肺高血圧症の一因となります。

肺疾患や血液中の酸素レベル低下によって、肺高血圧症になることもあります。病気によって肺が損傷すると、血液を送り出すのにより大きな努力が必要になります。最も多い肺疾患の1つに、慢性閉塞性肺疾患(COPD)があります。COPDになると、やがて肺の小さな空気の袋(肺胞)とともに、肺にある細い血管(毛細血管)が破壊されます。COPDにおける肺高血圧症の原因として最も重要なのは、血液中の酸素レベルの低下によって生じる肺動脈の狭窄です。血液中の酸素レベルを低下させるその他の条件として、睡眠時無呼吸症候群や、高地への居住や長期滞在が挙げられますが、これらもまた肺高血圧症の原因となります。ほかにも肺高血圧症を引き起こしうる肺疾患として、肺線維症嚢胞性線維症サルコイドーシス、手術またはけがによる広範囲の肺組織の喪失などがあります。

特定の慢性疾患では繰り返し(慢性的に)血栓が生じます(血栓は通常、脚の深部静脈に生じ、深部静脈血栓症と呼ばれます)。脚にできた血栓が浮遊して、静脈系から右心を経て肺動脈やその先の肺内の細い血管に到達すると、肺塞栓症が起こります。このような血栓が溶けずに残った場合、肺動脈が細くなり、硬くなります。この結果、肺高血圧症の一種である、慢性血栓塞栓性肺高血圧症と呼ばれる病態が発生します。

その他のメカニズムによって肺高血圧症を引き起こす疾患として、血液疾患(慢性溶血性貧血、骨髄増殖性疾患、脾臓摘出など)、全身性疾患(サルコイドーシス、肺ランゲルハンス細胞組織球症、リンパ脈管筋腫症など)、その他一部の疾患があります。

肺高血圧症の症状

肺高血圧症で最もよくみられる症状は、運動中の息切れで、ほぼすべての患者にみられます。運動中にふらつきまたは疲労感がみられる場合もあります。全身の組織に十分な酸素が届かないため、脱力感が現れやすくなります。

せき(まれにせきとともに血が出ます)や喘鳴などのその他の症状は、一般に基礎にある肺疾患によって生じます。むくみ(浮腫)は特に脚に多くみられ、血管から組織へ液体成分が漏れ出すことによって発生します。この浮腫は、一般に右心不全が起こっている徴候の1つです。肺高血圧症では、まれに、声がれがみられることもあります。

肺高血圧症の診断

  • 胸部X線検査、心エコー検査、心電図検査

  • 心臓カテーテル検査

医師は症状を基に肺高血圧症を疑うことがあります。特に、基礎に肺疾患がある患者や、ほかに肺高血圧症の原因となる病態がある患者では、症状に基づいて肺高血圧症が疑われます。胸部X線検査心エコー検査心電図検査などの検査を行います。胸部X線検査では、肺動脈の拡大が認められる場合があります。心電図検査や心エコー検査によって、肺性心になる前から心臓の右側部分に特定の異常がないか調べることもできます。例えば、心エコーで、右心室の肥厚や、右心室と右心房の間にある三尖弁を通過する血液の部分的な逆流が発見されることがあります。

肺機能検査は、肺の損傷程度を把握するのに有用です。腕の動脈から血液を採取し、血液中の酸素レベルを測定することもあります。

肺高血圧症の診断を確定するには、通常、腕または脚の静脈から心臓の右側部分の中まで管を通して、右心室と肺動脈の血圧を測定する検査(右心カテーテル検査)を行う必要があります。

肺高血圧症の原因を判定し、重症度を決定するために、その他の検査が行われることもあります。例えば、肺疾患についてさらに詳しく知るために胸部高分解能CT検査を行ったり、血液検査により自己免疫疾患を特定したり、CT血管造影検査により肺の血栓を探したりします。遺伝子変異の検査を行って、遺伝性肺動脈性肺高血圧症の原因を調べることもあります。

肺高血圧症の治療

  • 肺高血圧症の原因に対する治療

  • しばしば、症状を緩和するための治療(血管を拡張する薬や酸素投与)

  • ときに合併症の予防または治療(抗凝固薬や肺移植)

肺高血圧症の原因が特定されている場合、最善の方法は、その原因を治療することです。

血管拡張薬(血管を拡張させる薬)は、肺動脈の血圧を下げることで効果を発揮します。血管拡張薬により、生活の質(QOL)が改善し、生存期間が延びるとともに、肺移植の検討が必要になるまで時間をかせぐことができます。しかし、血管拡張薬を使用すると危険な状態に陥る患者もいるため、通常は投与開始前に、心臓カテーテル室で医師が血管拡張薬の有効性をあらかじめ試すことがあります。慢性閉塞性肺疾患(COPD)が原因で起こった肺高血圧症の患者に、血管拡張薬が効果的であるかどうかは証明されていません。一方、以下のような疾患を有する患者では、肺高血圧症に対し、血管拡張薬がしばしば有用です。

  • 特発性または遺伝性肺高血圧症

  • 自己免疫疾患

  • 慢性肝疾患

  • HIV感染症

  • 一部の先天性心疾患

  • 薬や毒素による肺高血圧症

  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症

血管拡張薬には、プロスタサイクリン(肺動脈を拡張します)に関連するものがあり、具体的には、静脈内に投与するエポプロステノール、吸入薬であるイロプロストやトレプロスチニル、皮膚の下に注射するトレプロスチニル、経口で投与するセレキシパグなどがあります。血管拡張薬には経口投与できるものもあり、例としてホスホジエステラーゼ5阻害薬(例えば、シルデナフィルやタダラフィル)、エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタン、アンブリセンタン、マシテンタン)、グアニル酸シクラーゼ刺激薬(リオシグアト)などがあります。エンドセリンは血液中に存在する物質で、血管を拡張します。ホスホジエステラーゼ阻害薬やグアニル酸シクラーゼ刺激薬は、体内に通常存在する物質である一酸化窒素の機能を高め、肺動脈の拡張を促します。ソタテルセプト(sotatercept)は、遺伝性肺高血圧症の一般的な型の治療に役立つ薬です。

血液中の酸素レベルが低下している肺高血圧症患者は、鼻カニューレや酸素マスクを介して酸素を持続的に吸入することで、肺動脈の血圧が抑えられ、息切れが緩和する場合があります。心臓が効率的に拍動できるよう正常な血液量を維持するとともに、脚のむくみを緩和するため、一般に利尿薬を投与して右心室を補助します。血栓のリスクや、それによる肺塞栓症のリスクを低下させるために、抗凝固薬が投与されることもあります。

肺移植は、肺高血圧症の患者に対する治療として確立された方法です。肺移植を受けることができるのは、手術に伴って想定される後遺症や困難に耐えられる体力がある重症患者に限られます。

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